八久和川の呂滝、高校生の頃、中原フィッシングセンターの書籍コーナーで初めて写真を見た時、その強烈な印象が頭にずっとこびり付いていました。
深淵なる大淵には超弩級の大岩魚が潜み、ここで一生に一度は竿を出してみたい、高校生ながらにそう感じたものです。
その頃はお金も車もなく、只々憧れだけでした。その後、社会人になり本格的に源流に行くようになった頃、その時の体力や遡行実績から行ける!と判断し、積極的にトライしました。
特にインターネットで多彩な情報が手に入るようになったことが大きく、最短ルートで呂滝に行くことができました。
釣行記
日時:2007/8/3(金)~8/5(日) 前夜発3泊4日
経路:大井沢南又沢分岐~焼峰~竜ヶ池~栗畑~天狗角力取山~ウシ沢~コマス滝~広河原~呂滝~広河原~ウシ沢~天狗角力取山~大井沢南又沢分岐
天気:曇り〜雨〜曇り
朝日連峰は、新潟・福島・山形県にまたがる東北の山脈で、飯豊連峰の北部に位置します。この朝日と飯豊はとても山が深く、遡行は大変ですが、魅力的な沢が数多くあります。この中に、山深さと遡行難易度の高さが一級品で、大岩魚の聖地と言われる八久和川があります。
位置的には月山の南西側、タキタロウ伝説で有名な大鳥川の東側にあります。三方境を源頭に、明光山〜丸森山〜八久和山の谷間を流れ八久和ダムに注ぎます。その後は梵字川となり、赤川に流入し日本海に流れ込みます。
八久和川は、八久和ダム以遠が遡行対象ですが、完全遡行するには、国土地理院の地形図4枚を繋げなければならないほど遡行距離が長く、太い水流と険しいゴルジュ帯が延々と続いています。
これだけの長い流域に、人の手の入らない太古のままの自然が残っていることが最大の魅力です。
完全遡行する実力は、この時の自分には無かったので、山越えで奥の広河原と呂滝を攻めるという計画で挑みました。
1日目
仕事明けに眠らずに山形まで車を走らせましたが、かなり長かったです。軽い仮眠を含め、7時間弱かかりました。
大井沢川南俣沢分岐の広場
ここに車を止めます。8月なので窓を開けたら一気にブヨが10匹位侵入。急いで窓を閉め、ブヨと雑誌で格闘。仕方ないので、車内で着替えと準備を済ませ、外に出ましたが、やはりブヨがすごい寄ってきます。しかし、歩き始めてしまえばタカられませんでした。
急登の焼峰を登ります。途中、熊らしき糞もあったりして、熊よけ鈴を万全に鳴らします。
途中休憩。この八久和遡行に照準を併せ、長いアプローチの為にストックとラバーソールの沢靴を導入。いきなりの使用はリスクがあるので、丹沢の原小屋沢で特性を把握済み。
稜線に上がると、石畳みの道になります。
車止めからここまでで4時間半。寝てないからペースが遅いです。写真に残していませんでしたが、竜ヶ池周辺などここまでに至る森林歩きが強烈に記憶残っており、虫やセミの音・臭い・色彩など、雪国の夏の森林は生命力が半端なく強いです。
天狗小屋が見えます。
障子ヶ岳のアルペンムード漂う迫力のある景色。お気に入りの風景の一つです。
そんなこんなで栗畑(1397m)に到着。
ここは分岐点となっており、右が障子ヶ岳、左が天狗角力取山です。
天狗角力取山(1376m)
山頂に、ふと現れる平らな砂地帯。直径10m位の幅があり、昔から天狗が正月に相撲をとりに来る場所として伝説があります。天狗角力取山の由来はここに起因します。不思議な光景です。
稜線歩きをしながら、天狗角力取山を越えた後のウシ沢下降のポイントを探します。
稜線で初めて人と会い、色々と話し込みました。天狗小屋の人らしく、登山道整備(草刈り)に来ているとのこと。私が八久和に行くことを告げると、呂滝の巻き方、手前の砂地の幕場のこと、岩屋沢からコマス滝までの遡行の仕方、など色々と教えてくれました。こういった山のプロに会うと、これから向かう沢の情報は勿論、その人の経験やその土地の文化などを聞きたくなり、私は質問魔になってしまいます。都合20分位話に付き合ってくれました。貴重な情報と良い思い出を、ありがとうございました。
そろそろ時間がやばくなってきました。地図から下降点を見極め、下降を開始します。この時点で15:16。
暫く歩くと水が出だし、徐々に水流が太くなります。無事ウシ沢に降り立ったようです。ドンドン下って行きます。途中小滝があり、ザイル下降を2〜3回しました。なんとか日のあるうちに、八久和川本流に降り立つことができました。この時点で17:24。
コマス滝上から見た、陽光に反射したエメラルドグリーンの八久和川がとてつもなく綺麗です。ちなみに上流部は出谷川と名前を変えます。
小屋人の言っていた、砂地の幕場はすぐに見つけることができました。到着したら普通はまず設営しますが、日が落ちつつあるので、夕まずめの釣りに出かけました。
さすが天下の八久和、ものの30分で尺上が3匹。ら
ヘッドランプを付けて設営し、焚き火をしながら夕食です。ご飯、岩魚の味噌汁、岩魚の刺身。
それにしても長い1日でした。昨日のこの時間は、まだ仕事中だったのに、自宅に着き東北自動車道で山形まで来て、山越えをして今ここにいます。不思議な感じ。
明日はいよいよ呂滝です!
2日目
夜からかなり雨が降り出し、明け方も降り続いていました。
仕方ないので、ツェルトの中で朝食。昨晩釣った岩魚を入れ、岩魚ラーメンを食します。
ようやく雨が落ち着き、川を覗くと、河原いっぱいまで増水し、濁りも入っています。この時点で10:13分。
当初の予定では、呂滝を高巻き、西俣沢か中俣沢の出会いまでを目指していましたが、無理そうです。せめて呂滝はまでは行きたいと、水が引くことと濁りが取れることを祈ります。
携帯の電波も入らず、荷物軽量化の為、本も持参していないので、何もすることがなく、数時間ボケーっとしていました。
あまりに暇でふと外に出ると、巨大なカタツムリ君がいたので、ずーっと眺めていました。こういう非日常的な時間も、今思えば非常に優雅な時間です。
昼食は前日に残したアルファ米とふりかけと乾燥ネギを使った「おじや」にしました。
なんとか遡行できる水量になったので、ようやく出発します。この時点で15:30。
出発前にツェルトをパチリ。軽量化最優先でツェルトにしましたが、雨対策的にはドームの方が良かったかも。
暫くはゴルジュ帯が続きますが、そんなに難しくなく遡行でき、とうとう奥の広河原に着きました。八久和といえば、ゴルジュ帯が殆どですが、河原状に大きく開ける区間が2か所あります。「カクネの広河原」と「奥の広河原」で、これは後者になります。広い河原で安心して釣りを楽しめる数少ない癒しの空間です。
ゆっくり釣り歩きたいところですが、呂滝に辿り着く為には時間がない為、拾い釣りをします。
そんなこんなで、とうとう呂滝に到達することができました。17:30。これまで幾度となく思いを巡らせていた場所に、ついに来ることができました。滝の高さはそれほどでもありませんが、この釜の大きさと深さは想像通り規格外です。今回、この滝壺を狙う為に、SHIMANO 天平 7.1m の竿を用意しましたが、滝壺には全く届きません。
ゆっくりと眺めつつ、竿を出しつつ、写真を撮りまくります。日入時間から逆算して、ギリギリまで滞在し、結局30分呂滝にいました。今回はこの先に行けませんでしたが、呂滝は右岸が巻くことできるとのこと。見た感じ、結構高く巻く必要がありそうです。そして、呂滝に別れを告げ、幕場に戻ります。
日の入り前には、濁れも取れ、本来の八久和が戻ってきました。このエメラルドグリーンは昨日の夕方、コマス滝上から見て以来です。
帰りは写真を撮りながら下ります。これだけの上流部でこの水量。そして魅惑的なエメラルドグリーン。
広河原も濁りが取れてきています。
ところで、釣り師はなぜ濁りを気にするかというと、捕食する餌が見えなくなる為、魚が餌を追わなくなるからです。かといって、雨が降らず水が澄み過ぎるのもいけません。水量が減っていると、川底の流れが弱くなり、餌となる川虫が流されにくくなるからです。理想は増水後の濁りが取れた時になります。川底が洗われ川虫が流れるようになり、それまで岩魚は流されないように岩影に隠れていたので、ここぞとばかりに食いが良くなります。
広河原より下(幕場より上)は若干のゴルジュ上ですが、難しくありません。
18:43に幕場に到着。日中を丁度使い切りました。
3日目
いよいよ最終日。雨がシトシト降っており、ツェルトを撤収し荷造りをします。
コマス滝。かなり増水しています。ここも大物の実績がある滝です。
ウシ沢を詰め上がります。最後の思い出に軽く竿を出します。
可愛い岩魚が元気よく食らいつきます。種沢なので、大切に扱います。
小気味良く小滝を登っていきます。
やはり、沢は下るより、登る方が楽しいです。
ここはツルツル滑りました。
徐々に水量が少なくなっていきます。
途中ここだというところで、沢を離れ、一気に稜線を目指します。
そんなに苦労することなく、稜線に出ました。これは、稜線から見たウシ沢の下り口。
帰路の天狗角力取山。
充実した達成感に浸りながら、すがすがしい気持ちで稜線を歩きます。
記念に石畳みで自撮りします。疲労困憊の図。お腹がポッコリ膨れているのは、汗を拭うタオルをシャツの中に入れているから。
総評
今から14年前の記録ですが、私にとって、最高の沢の思い出の一つです。まず、憧れの呂滝で竿を出すことができたこと。初めて山形まで車を走らせ、その土地を知ることができたこと。山越えで、国土地理院の地形図を頼りに、沢下降したこと。そして、雨に降られながらも、厳しくも優雅な八久和川の渓谷美。いつかは呂滝を越え、沢を詰め上がりたいです。
この翌年に下流部も遡行しているので、追って記事にします。この遡行以上に厳しく、感慨深い沢行となっています。